#5特集: アイルランドが向かうスキル連携エコシステム
政府全体でスキル政策の協調を
「スキル」と「ガバナンス」という言葉が同じ文の中で使われるのを初めて目にしました😮2023年5月9日に公開されたばかりの「OECD Skills Strategy Ireland: Assessment and Recommendations」によると、アイルランドがスキル戦略として優先的に取り組んでいくべきこととして次の四つをあげています。
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優先事項 1: 即応的かつ多様なスキルの供給によるスキルのバランスの確保
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優先事項 2: 職場内外の生涯学習への参加を促進
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優先事項 3: スキルを活用してイノベーションを推進し、企業のパフォーマンスを強化
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優先事項 4: スキル ガバナンスを強化し、連携したスキル エコシステムを構築する
全体を通して、スキルに対する制度的強化を試みている点に着目したいと思います。どういうことかと言うと、行政機関やその部門、民間や学校など各々が思い思いのスキル醸成に励むのではなく、スキルに対してホリスティックに、生涯全体を見渡した視座を持つことが必要であり、政府全体で統一したスキル醸成の政策を支援することが大切だとが書かれています。さらに、スキルの政策決定をエビデンスベースで行い、スキルに関するエビデンスが、政策はもちろん、個人や企業のスキルに関する意思決定を支援するよう整備していくべきだとしています。今回のニュースレターでは、同文書をかいつまんで紹介します。
学習機会に関する情報を一括で提供
本文書に含まれるOECDの勧告のうち、注目したいと思ったのが具体的なアクションの2.1に掲げられている「集権的なオンラインポータルを開発し、学習およびキャリアに関するすべての情報を集積する。情報のよりよい連携とコーディネーションを通じて実施する」、という部分。私たちの住む日本も、何か学ぼうと思うと、たくさん情報源があり、異なる行政機関が始動させたポータルだったり、行政機関が支援して作成された学習コンテンツや講座があちこちにあります。(例えば、ざっと思いつくものをいくつか下図にまとめてみました。)

画像)それぞれのHPトップページより作成。(なんらかの学習機会について掲示しているサイトのうち、特に行政が主導、推進または部分的に支援、賛同しているものについて集めたものであり、包括的なものではないことをご了承ください。
アイルランドも例外ではなく、官民が連携して作ったものや、ターゲットや目的が少しずつ異なるサイトが学習機会を掲載しているサイトは、少なくとも9つもあり、同報告書の表にそれぞれの概要がまとめられています。一部本文から引用(抄訳)すると、
たとえば、利用可能な学習機会のリストは、CareersPortal、Central Applications Office (CAO)の Web サイト、Fetchcourses、Qualifax、Generation Apprenticeship、Right Course で見つけることができます。[中略] いくつかのサイトは、リンクしていますが、単なるダイレクトリンクだけではなく、改善の余地があります。 情報の重複を減らすには、さまざまなポータルを管理し、資金を提供している組織間の連携を強化することが鍵となります。
そして、打開策として次のように続けています。「この目的を達成するために、アイルランドは既存の条項をマッピングし、理想的にはワンストップショップのポータル上で情報を統合する方法について明確な計画を立てる」と。なお、これら学習機会の情報を一気貫通に提供するポータルの整備に加え、キャリア・求人情報に関しても同等の情報の統合が求められるとしています。
生涯学習を促進する柔軟性の高いマイクロクレデンシャルプログラム
生涯学習への参加を促進するにあたって、職場内外での学習機会を増やす策の一つとして柔軟性の向上が挙げられています。その具体策の例としてマイクロクレデンシャルプログラムが挙げられています。マイクロクレデンシャルとは、学位取得と比較して、短期間で受講できるような講座を通じて、産業界など社会で通用するような特定のスキルの獲得などといった、明確なアウトカムが提示され、学習者がそれらを達成したことを発行機関がデジタルに証明したものを指します。このような証明書を発行するプログラムがマイクロクレデンシャルプログラムと呼ばれます。
成人学習者は、学習に費やせる時期や時間、費用などが限られていることから、既存の大学が提供するような学期や時限のような時間を限定したものでは、学習に参加するハードルが高いのです。下記にあげる米国、カナダの研究を参照したOECDレポートに言及し、マイクロクレデンシャルプログラムで、単位を累積加算する仕組みで、プログラム参加者のその後の労働市場の成果が向上した、と論拠を挙げています。
・バージニア州のコミュニティカレッジ卒業生を対象とした調査では、2000年から2019年の間に同じ研究分野で複数のマイクロクレデンシャルを取得した人は、1つの資格だけを取得した人よりも雇用される可能性が4パーセントポイント高かった。彼らはまた、四半期賃金で 570 米ドル (米ドル) 多く稼いでいた。
・カナダの研究では、学士号を取得し、さらにマイクロクレデンシャルも保有している個人を調査したところ、付加価値の低いサービス産業で働く個人の割合が、マイクロクレデンシャル取得前の 22% から参加後は 10% に減少。
アイルランドで進められているマイクロクレデンシャル関連の取組や、ヨーロッパ全体の取組と連携して進めているものなどがいくつかありますが、いずれも、マイクロクレデンシャルの価値を高める軸となっているのが単位認定です。そのバックボーンとなっているのが、他国と連携して、移民や留学生ら越境学習者の学位取得に向けて無駄のない学びの累積を可能にしている欧州単位互換制度(ECTS:European Credit Transfer System)およびそれを裏付けている国家資格枠組み(NQF:National Qualification Framework)および欧州資格枠組み(EQF: European Qualification Framework)です。欧州メンバー国の場合、これらを拠りどころにして、マイクロクレデンシャルプログラムを整備しているのが特徴です。
アイルランドは積極的にマイクロクレデンシャルプログラムの研究開発を行っており、2020年から5年間で18億円規模のプロジェクトも走っています。またマイクロクレデンシャルプログラムを気候変動分野での人材育成などにも活用しています。
さらに成人学習者の複線的な学びを認定する方法の一つとしてアイルランドが率先して取り組んでいるのが従前学習認定(Recognition of Prior Learning: RPL)です。職業訓練やOJTなど職場でのノンフォーマルな学びを認定することで生涯学習を促進する手立てとして、従前学習認定の手法を確立し、大学等が導入しています。(前提として訓練制度と、高等教育との政策的な連携が必要ですが)。同報告書では、まだ認知度が低いものの、ノンフォーマル、インフォーマルな学習を有効なものとして扱っていくためには、従前学習認定の制度や手法を整備し、導入することが生涯学習促進のカギとなるまとめています(政策勧告の5,および6)。
以上、かつまんで5月9日公開の「OECD Skills Strategy Ireland: Assessment and Recommendations」を紹介しました。興味ある人に本ニュースレターを転送、紹介していただければ嬉しいです!
参考文献: OECD (2023), OECD Skills Strategy Ireland: Assessment and Recommendations, OECD Skills Studies, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/d7b8b40b-en.
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