2024の振り返りーその①ブラジル

ブラジル ―NetMundial+10とG20サイドイベント―
日本がゴールデンウィークの頃、サンパウロで開催された今後のインターネットガバナンスに関するグローバルマルチステークホルダー会合「Netmundial+10」に参加しました。同会議は、今からちょうど10年前の2014年、スノーデンの暴露などにより、インターネットにおける監視や検閲、ネットワーク中立性原則などが国際的に問題になっていた頃、世界経済フォーラムとICANNが支援し開催された会議・通称「NetMundial」の10年後を記念して開催したものです。当時は、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、ティム・バーナーズ・リーをはじめ政府、市民社会、アカデミア、民間企業、 技術コミュニティが集まり、ラテンアメリカ最大のデジタル経済のための画期的なインターネット権利章典を確立したマルコ・シビル・ダ・インターネット(インターネット公民権枠組み)に大統領が署名し注目を集めました。今年は、ブラジルがG20のホスト国であること、AIが台頭する中市民の権利擁護とデジタルの恩恵が両立するための協定として、国連が、グローバルデジタルコンパクト (Global Digital Compact、略称GDC)を策定、採択を進めるプロセスにある中で開催されました。NetMundial+10は、GDCプロセスのカギとなる市民社会を後押しし、経済発展の行き届いた一部の先進国のみではなく、地球上のそれ以外の国に暮らす大多数の人々(「グローバル・マジョリティ」と呼ばれます)の視点からデジタル政策をリードしていこうという機運が背景にあると感じました。
国連の掲げるインターネットガバナンスは、すべての利害関係者が対等な立場として関わり、インターネットの公共政策を議論することを行動原理としていますが、現実は、MicrosoftやGoogle等の技術資本を持った巨大私企業がAIの開発を推し進め、政府も、市民社会も、ビジネスコミュニティもそれを後追いしています。国連が主催するインターネットガバナンスフォーラムという会議体では、すべての利害関係者が関わる行動原理のモデルとして「マルチステークホールダーアプローチ」を採用していますが、このコンセプトを文書化したのが、ブラジルNetMundialによるサンパウロマルチステークホールダー声明でした。そこでは、インターネット ガバナンスとデジタル政策プロセスには、学界、市民社会、政府および国際機関、民間部門、技術コミュニティ、エンド ユーザーが全面的に関与する必要があると述べられています。NetMundial+10は、このマルチステークホールダーの機能をより強化するための推奨事項となるガイドラインを発表し、民主的な合意形成のための環境整備の一助となることを目的としています。国連IGFにしてもNetMundialにしても、法的拘束力のある意思決定機関ではなく、会議体なので、実際にマルチステークホールダーモデルによるデジタル政策は、それぞれの国や機関が具現化することになります。それでも国連IGFやNetMundialといった国際会議は、政策に反映する材料を提供する重要な場となっています。人権を擁護する市民団体などは、こうした国際会議で、自身の立場を主張し、グローバルな関係者と情報交換をしたりネットワークを形成し、それぞれの課題解決に結びつく知見を得ています。
インターネットガバナンスと新しい学び
すっかりインターネットガバナンスとその国際情勢の解説になってしまいましたが、インターネットガバナンスと教育は、密接に関係しています。なぜなら、すべての人々に平等な機会を提供し、民主的な社会を形成するという共通の目標のものと、インターネットガバナンスと教育のどちらも、公共益(public goods)として機能し、社会全体の利益に貢献することを掲げています。インターネットガバナンスは、公平なアクセスと安全なオンライン環境を提供することで、すべての人々がインターネットを利用できるようにします。なお、インターネット普及の指標となるのが「権利、オープン性、アクセス、マルチステークホールダー、分野横断的課題」をベースに策定されたInternet Universality Index/ ROAM-X原則であり、インターネットガバナンスでも参照されるだけでなく、表現の自由やメディアリテラシーの領域でも共通して参照されています。

ROAM-X原則とは、権利(Rights), オープン性(Openness),アクセス (Access to All), マルチステークホールダー参画(Multistakeholder participation), 分野横断的課題 (Cross-cutting issues)の頭文字をとったもの。ROAM-X原則に基づいた指標として、Internet Universality Indexがある。UNESCOのInternet Universality IndexはROAM-X原則をもとに加盟国のインターネットアクセスの現状把握を試みてきた(2019~)。2024年はさらに改訂し、「環境インパクト」、「アドバンスドなデジタルテクノロジー」、が追加され、もともと指標の中に課題として含まれていた「有意義な接続性」「デジタルプラットフォームのガバナンス」「プライバシーとデータ保護」「子どもの権利」「持続可能な開発」がアップデートされる。
そしてデジタルガバナンスに参画するための知識やスキルを身につけるには、既存のカリキュラムでは不足してます。現行の教育システムでは、急速に進化するデジタル技術やそのガバナンスに対応するための十分な準備ができていません。したがって、新しい教育プログラムやトレーニングが必要です。これにより、学生や市民がデジタルガバナンスに積極的に参画し、より良いインターネット環境を構築するための力を身につけることができます。このように、インターネットガバナンスと教育は、共に公共益としての役割を果たし、民主的な社会の基盤を支えています。
ブラジルにおける参加型のインターネットガバナンス
デジタル政策におけるマルチステークホールダー原則を政策決定プロセスにどの程度反映するかは、それぞれの国や機関によって異なりますが、ブラジルは、マルチステークホルダーによるインターネット ガバナンスの先駆者です。ブラジルのトップレベルドメイン「.br」は、ブラジル通信省が設置したインターネット運営委員会 ( Comitê Gestor da Internet no Brasil - CGI.br) を通じて、政府から学界、産業界に至る広範な利害関係者とが協議により運営しています。さらに、インターネットガバナンスを学ぶSchool on Internet Governanceを設置、ブラジルインターネット運営委員会には、青年部があり、若者へのアウトリーチや教育活動を積極的に行っています。
ブラジル・インターネット運営委員会(CGI.brとは?)
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CGI.brは、ブラジルのインターネットサービスのあらゆるイニシアチブの責任、つまり、技術的な質、イノベーション、サービスの普及推進を担う。
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アカデミア、企業、第三セクター、政府を含む様々な社会の代表者が参加する公的組織。
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法人格は?⇒21人(図に示すように、12人が民間、9人が政府)のメンバーで構成される、法人格を持たない多元的な組織。その実行部隊として非営利団体の「NIC.br」を設置。
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ブラジルにおいてインターネットは、主に学術研究機関が使っていたネットワークを起源とするが、その後の1992年にリオで開催された地球サミットにあたり、参加するNGOの活動家が、人々の声を直接届ける機会を提供したいと求め、ネットワークをイベントに開放するように科学者に依頼、その後、企業家たちが高まるニーズに応えようとサービス提供を広げていった。こうした流れに対し、政府が、インターネットガバナンスモデルの向上を図ろうとCGI.brを創設。
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多元主義、マルチステークホルダーモデルを採用したインターネットガバナンスを行うため、提案は意思決定は必ず、先に挙げた多様な代表者のコンセンサスによって行われる。
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選挙人制度に基づき、3~4議席が各セクターに割り当てられており、それらに団体や個人として立候補し、選出されることでCGI.brのメンバーになり、インターネット関連の公共政策立案に携わることが可能。
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それとは別に、誰でもブラジルインターネットフォーラムや技術イベント等の議論に参加できる。なぜならインターネットはみんなのものであり、あなたのものでもあるからという公共的な考え方による。
このようにかねてからマルチステークホールダーでのインターネットガバナンスを先駆的に行ってきた自負があるからこそ、NetMundialおよび+10を開催し、マルチステークホールダーモデルの潮流をアピールしたいのでしょう。(実際のNetMundial+10成果文書はこちらで日本語訳が読めます)
インターネットガバナンスを学ぶ SIG: School on Internet Governance
ブラジルではCGI.brが支援し、インターネットガバナンスを学ぶプログラム「Brazilian School on Internet Governance」を設置しています。同プログラム立ち上げの見本となったのが、ヨーロッパ初のSIG。SIGのファウンダーであるウォルフガング・クラインヴェヒター教授は、インターネットガバナンスに携わる様々な立場の関係者(政府、民間ともに)から、「インターネットガバナンスっていうのはどこで学べるんだ?」と聞かれ、「それは複雑で学際的だから、大学では教えていないんだ」、と答えなければならなかったことから、自身で、他分野の専門家を集め、ドイツのマイセンでサマースクールを立ち上げたのだそうです。立ち上げ時につくったガイドラインは、国連会議でも参照されるように。これを見本に、ブラジルでも2014年から夏に集中講義として、法律、技術、経済、社会の複数分野をまたぐインターネットガバナンスの学習を展開するようになっています。
滞在時の様子と感想

CGI.brのユースメンバーに選ばれたブラジル各地から参加する若者は、交代で、ハイブリッド会議のオンライン参加者からのコメントのファシリテーション役を担当。彼らは、約一年間、インターネットガバナンスに関する法的、社会的、技術的知識を学習する講習会に参加し学んできた。専攻は、どちらかというと技術系ではなく、法律、国際関係法やジャーナリズム、コミュニケーションを学ぶ学生が多い。
NetMundial+10とG20サイドイベントを中心に現地の様子を振り返ります。(😅圧縮しました…)
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若者の活躍:18-25歳の若者がCGI.brのユースメンバーとして参加し運営を担っており、積極的に発言。人種、ジェンダー、先住民、環境資源(熱帯雨林等)といった多様な権利の視点を提供していた。
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データ保護制度(済)!:データ保護の法整備が済んでおり、データ保護に従事する政府、民間の法務関係者が多数参加。今後のAI規制を進める基盤になっている。
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ハイクオリティな調査研究:社会調査手法の高度な知識を持った人材が一定数おり、デジタル政策における調査・研究が充実。現状把握に基づいた、政策立案の一助となっている。
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積極的な偽情報対策:偽情報対策をテーマにしたG20サイドイベントでは、女性ジャーナリストやメディアリテラシー研究者の活躍が目立つ。ボルソナーロ政権下の偽情報拡散を経て、現政権下では積極的なプラットフォーム規制(対イーロン・マスク)による偽情報対策、メディアリテラシー教育に力を入れている。

コロナ禍、路上での諍いの仲裁に入って警察に撃たれて亡くなったグラフィティアーティストNego Vilaを弔う壁。ブラジルでも人種差別や警察による残忍行為は社会問題として色濃く残る。
街に出歩いたのはわずかな時間でしたが、フランチャイズのお店がないおしゃれエリアを散策したり、同エリアのグラフィティアートを見て回りました(入手困難ですが+81マガジンの、ブラジル現代アート特集号でブラジルを代表するグラフィティアーティストのインタビューが日本語で読めます!)。ストリートカルチャーから、グローバルなインターネットまで、自分が意志をもって参加・表現し意味をつくることを肌で感じられる一週間となりました。
インターネットガバナンスについて学ぶセミナーを新年17日に開催
2024年から私はインターネットガバナンスに関する知識やスキルを身に着けるSchool on Internet Governanceの日本での活動:SIG Japanに携わっています。2023年の国連インターネットガバナンスフォーラムの京都開催で、来日したブラジルのSIGを運営するLuizaさんと対話したこともきっかけの一つとなっています。
SIG Japanでは、講師を招き、インターネットガバナンスに関連する近年の国際会議をおさらいするオンラインセミナーを1月17日AM11:10~開催します。講演では,2023年の京都IGF,2005年から毎年開催されている「世界情報社会サミット(WSIS)」、2024年9月に米・ニューヨークで開催された「未来サミット」において採択されたGlobal Digital Compact(GDC),12月にサウジアラビアで開催されたIGF2024などを踏まえ,これからのデジタル社会におけるインターネットの在り方について、国際経済連携推進センターデジタル社会研究所 河内淳子さんにお話しいただきます。
インターネットガバナンスに興味を持った方は、ぜひご参加ください。
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